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「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄(にわ)かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫(さけ)びました。[銀河鉄道の夜/宮沢賢治]
汗を流すために日本人は毎日湯に入る。欧羅巴人はシャツに吸い込ませて、度々シャツを着替えて、湯に入らずに済ます。ペッテンコオフェルは吾人の襦袢(じゅばん)は吾人に代わって浴すと書いている。鼻糞もこれに似たわけで、欧羅巴人は鼻の中がむず痒くなっても、ハンケチで鼻をかんで済ます。まだ痒くても、鼻をこすって済ます。やはり彼等のハンケチは彼等に代って鼻糞をほじるのである。ほじらないまでも揉み潰すのである。[大発見/森鴎外]
俺は一体、誰の経歴を思い出したんだろう・・・・・自分で調べた他人の経歴を思い出したんじゃないか・・・・・ハテ・・・・・いけねえいけねえ。モットよく考えて来れあよかった。どこかに辻褄の合わない処があったんだ・・・・・。ヨオシ・・・今度こそは・・・・・。[キチガイ地獄/夢野久作]
三年間はま人並みに勉強はしたが別段たちのいい方でもないから、席順も下から勘定する方が便利であった。しかし不思議なもので、三年立ったらとうとう卒業してしまった。自分でも可笑しいと思ったが苦情を云う訳もいかないから大人しく卒業しておいた。[坊っちゃん/夏目漱石]
めだかの模様の襦袢に慈姑(くわい)の模様の綿入れ胴衣を重ねて着ている太郎は、はだしのままで村の馬糞だらけの砂利道を東へ歩いた。ねむたげに眼を半分とじて小さい息をせわしなく吐きながら歩いた。[ロマネスク/太宰治]
恋愛は詩、ロマンチツクな詩、しかも決して非現実的な詩ではないのであります。恋愛にも種々あります、幼時の初恋、青年期中年期の恋、その何れ(いずれ)もが大部分自分の意識する処は、詩的感激、ロマンチツクな精神慾ではありますが、意識無意識にかゝはらず、その底には厳として、肉体的意慾が横はり、それが流露(りゅうろ)を遂げさせんとの自然の意志が実に緊密に加勢せられてあります。ゆゑに、恋愛に於いて当事者の意識する処は大部分ロマンチツクな詩的な精神的部分でありながら、実は人類の根本義に深く根ざし最も確実な現実性を有する最も現実的人生行路のところどころに置かれたる詩篇なのであります。[恋愛といふもの/岡本かの子]